山梨県産 有機自然農法の野菜達 28〜30種の盛り合わせ
Restaurant name
銀座シェ・トモ
Genre
フレンチ
A dish of goodness
山梨県産 有機自然農法の野菜達 28〜30種の盛り合わせ
episode 01

28口の一期一会と
季節の味覚が織り成す世界

生み出されてからおよそ16年間、ランチにもディナーにも、コースに必ず組み込まれる一皿があります。それがフレンチの料理人、市川知志オーナーシェフによる野菜料理「山梨県産 有機自然農法の野菜達 28〜30種の盛り合わせ」。

色とりどりの野菜たちが、まるで宝石のように並んだガラスのプレートが目の前にサーブされると、誰もが思わず笑顔になり、目を輝かせます。そして、どれからいただこうかと心躍らせながら迷うのです。

これは2002年に独立して最初に手がけた「白金シェ・トモ」、そして2009年開店の「銀座シェ・トモ」のスペシャリテ。 “あの野菜料理、食べに行きましょうよ” と連れ立って来店するお客さまも多い逸品なのです。これほど長い間、愛され続けるこの一皿の魅力に迫ってみましょう。

「彩り、味のバランスはもちろん全部違いますし、咀嚼するときに、耳から脳に響く音も計算されています。“グチャ” とか “カリ” とか “サク” とか。舌で感じる温度も違います」とこの料理の説明をしてくれたのは、オーナーシェフの市川知志さん。

一つ一つの料理法は、その野菜の特性に合わせてボイルや煮浸し、マリネ、焼く、蒸すなど、とてもシンプル。そして調味は、基本的に“塩”以外、何も味付けしていないとのこと。

「野菜は25年ほど前から、僕が本当においしいと思うものを農家さんから届けてもらっています。その自然の甘みやえぐみを引き出すために “塩” なんです。現在、この野菜プレートは2人の料理人が朝から晩までひたすら担当していますが、決め手である“塩分”がちゃんとできる人が作らないと、しょっぱすぎたり、味がなかったり。シンプルゆえにバランスが難しい一品でもあるわけです」

輪切りやキューブ、クネル型など、形もさまざまに成形された野菜たち。一つひとつがキャンバスに色を乗せるように並ぶ景色は、まさに目にもご馳走です。

調理法や調味はシンプルといえども、家庭では真似できないもの。例えば、この白いキューブはれんこんの寒天寄せ。スライスや拍子木切りにしておくだけではビジュアルが崩れてしまうというれんこんですが、市川シェフは薄切りして、塩でさっと茹で、煮汁を寒天でしめて、キューブ状にカットしているのだそう。ミルフィーユとなったれんこんの食感は、いつにも増して繊細で軽やかに響きます。

洗練された一品一品は、個性的な野菜の甘みや苦み、えぐみの余韻を残しつつ、ひと口食べればもう終わり。季節の野菜28口の一期一会であり、そしてまた、総合力として”一つの世界”が成り立っているというわけなのですね。

episode 02

フレンチの基本を度外視!
型破りから誕生した逸品

山梨県産 有機自然農法の野菜達を使ったこの一皿。誕生した背景には、ある人との偶然の出会いと物語がありました。

「僕が独立する前、ある料理評論家の方から甲州地どりの生産者を紹介されたんです。その時、僕は鶏には興味がなくて、会うだけ会ってみるかというぐらいの気持ちでした。そしてある日、山梨県の境川から一人のじっちゃんが店にやってきました。つなぎの作業服を着て、泥だらけの長靴をはいて、どう見ても農家の人だなという格好で。その風貌を見てなんとなく、もしかして野菜も作っていませんか?と訊ねてみたのです」

当時から、フランス料理に合う理想の野菜をずっと探し求めていたという市川シェフ。オーガニックが盛んなオーストラリアをはじめ、各地に足を運ぶものの、正直うまいと思う野菜に巡り合うことがなかったのだそうです。

「じっちゃんは『野菜も作ってるで』と。『ただ、とてもじゃないけど東京の立派なシェフの店に持ってこれるようなもんじゃねえ。虫は食ってる、ひん曲がってる、ぶさいくな野菜だ』と。実はそれは、先祖代々受け継いだ土地で、農薬を一切使わずに、自分たちが食べるために作っているという野菜だったんです。おもしろい。僕はそこに興味を抱き、一度持ってきてくれないかとお話したんです。数日後に、軽トラックいっぱいに持ってきてくれた野菜を食べてみて、これはイケると思いました」

そうして、山梨のじっちゃんが週に一度のペースで持ってきてくれる野菜は、見た目はぶさいくでも、香りが強く、甘い野菜はとても甘く、えぐい野菜はものすごくえぐい。さらに煮崩れもしない。市川シェフがずっと巡り合いたかった本当にうまいと思える野菜だったのです。そこで、仕入れるからには、農家の人たちには安心して作ってもらいたいという思いもあり、できた野菜は全部そのまま買い取ることに。

 

当時は、肉料理や魚料理の付け合わせとして使っていた野菜。しかし、ここへ来て、多すぎて使い切れないという問題が。「返すのは嫌だし、里芋などフランス料理で使われていない野菜も、煮っころがしにしてまかないで食べていたんですが、それでも使い切れずに困っていたのです。それである時、もういいや、これで一皿作ってしまおうと、17〜18種類をのせてお客さまに出したのが始まり。とにかく、届いた野菜を全部使い切りたかったというのが本音なのです」

さらには、野菜料理がコースの中の一品として組み込まれるのは本来、異質なこと。フランス料理のコースは大まかに、前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザートという流れで構成され、しかも、冷たいものと温かいものを一皿に盛ってはいけないというセオリーもあるといいます。

「僕たちはそうやって教わってきたんです。でも、この野菜のプレートはその基本を度外視した。少しずつブラッシュアップして、今の形が出来上がってきたというわけです」

テーブルにのった瞬間、どんな人をもぱぁっと笑顔にさせてくれるこの一皿。その笑顔を見たときに「これはイケるのではないか」と実感を得ることができたそうです。そこから気づけばもう約16年、昼も夜もコースの中に必ず入っている。実は、自分は飽き症なんだと明かしてくれた市川シェフも「もうやめられなくなっちゃいましたね」と微笑みます。

episode 03

野菜が主役になる時代がくる。
食材×料理の可能性を追い求めて

この「山梨県産 有機自然農法の野菜達 28〜30種の盛り合わせ」は、昼の「4皿のランチコース」(4,000円 税込み)、夜の「信頼の6皿コース」(5,900円 税込み)など全てのコースに組み込まれています。

現在は、じっちゃんから引き継いだ近くの農家さんが、周辺の有機自然農法で野菜を育てている農家さん7〜8人を取り仕切り、泥付きのままの野菜たちを新聞紙に包み、ダンボール箱いっぱいに送ってきてくれるそうです。

「農家さんには絶対に洗わないでくれとお願いしています。泥付きの野菜は、風味や鮮度が全然違う。だから、野菜を担当するスタッフは泥を洗い流すたびに爪やひび割れたところに土が入る。キッチンのグリストラップに溜まっているのも、土が多いんですよ」

山梨の農家さんたちが泥付きのまま届けてくれる野菜は、ほかのメニューでもいただけます。それが「季節野菜のナチュラルポタージュ」。撮影時は、さつまいもの紅はるかを使った冷製ポタージュでした。

「普通のポタージュはクリームやバターが必ず入るのですが、これはそういった乳脂肪分や小麦粉などのつなぎも一切入れていない。主役の野菜と水と塩で基本的に作っています。本当に自然のジュースですよ」

淡いグリーンがかったポタージュをスプーンですくっていただくと、とろりと濃厚な甘みがじんわりと行き渡り、どこか焼き芋の香りもふわり。

「石焼き芋のこげた香りもほしいと思い、むいた皮を焦がして、粉状にしたものをかけています。一緒に食べると石焼き芋の味がするわけです。遊びですね。料理名を”ナチュラルポタージュ”と付けたのは、『素材は何ですか?』とか『この粉は何ですか?』とお客さまに質問してもらいたいという意図もあるんです。メニューを見て、お客さまが全てを理解できちゃうのは、おもしろくない。言葉のやりとりから、なるほどなと思って食べてもらう。そうするとより理解が深まると思うのです」

使用する素材は月ごとに替わるというナチュラルポタージュ。ランチコースではオプションで900円(税込み)、ディナーコースには組み込まれていて、ナチュラルポタージュか魚のスープの2種類から選べます。どんな野菜がどのような遊び心をともなって登場するのか、毎回楽しみな一品です。

 

野菜料理に力を注ぎ、コースの流れにも異例の野菜料理を組み込むという変革をもたらした市川シェフ。伺えば、20年以上も前から、野菜が主流になる時代がくると予感していたのだそうです。

「当時はまだまだ魚料理か肉料理が主役でした。いずれ野菜が主役に取って代わる時代が絶対にくる。それが日本人にとっても必要な時代になり、なおかつ、食材の安全性というものも見直されるような時代がくると。お客さまの喜ぶ姿を見て、もう16年もこの野菜のプレートをやり続けていますが、このプレートが野菜の可能性を一つ突き破ったものなのではないかなと思います。また次の世代の料理人たちが、この皿を越える、何か野菜を主役にした料理が必然的に求められると思いますし、作り上げてくれると思っています」

 

魚料理、肉料理と肩を並べ、野菜が主役の料理を確立させた市川シェフ。フランス料理を通して、これからも野菜の魅力をさまざまに楽しませてくれそうです。

 

文=味原みずほ  写真=鈴木教雄

 

 

PROFILE

市川知志(いちかわ・ともじ)

1960年、東京生まれ。高校卒業後、料理の世界へ。洋食屋を経て「勝沼亭」でサービス、調理を経験。1985年に渡仏し、「レ・フレール・デ・イバルボー」「ジョルジュ・ブラン」「トロワグロ」などで6年修業し、帰国。「レザンドール」「ル・マエストロ ポール・ボキューズ・トーキョー」のシェフを経て、「レストランW」取締役総料理長に。2002年「白金シェ・トモ」のオーナーシェフとして独立。2009年「銀座シェ・トモ」を開店。座右の銘は「生涯、一料理人であれ」。じゃがいもの皮をむいて野菜と話している時が実は一番幸せ。

「いま使っている野菜や果物というのは、時を経ておいしく品種改良されたものばかり。祖先である原種を食べたらおそらく、とてつもなくまずいと思うんです。なすの原種とかトマトの原種とか、僕はそういう原種に出合ってみたい。もし、どこかの国で栽培していたり、自生のものがあったら、食べてみたいですね。これが100年かけて改良されていったんだなとか。逆にこれをもっと大事にして、もう少し食べやすくできるんじゃないかとか、なるべく自然の、元の形に戻したい。そういう思いは欲求としてありますね」

銀座シェ・トモ