あの人と“食べる”を話そう
まんぷくべジinterviewVOL.11
まんぷくべジinterviewVOL.11
東京・小石川にある「SIMPLE LITTLE CUCINA(シンプル・リトルクチーナ)」のオーナー佐藤夢之介さんが作る料理は、旬の野菜を主役にしたイタリアン。素材の旨味を生かし、肉や卵、牛乳、白砂糖を使わないユニークな料理法で提供する一皿一皿にくぎづけになってしまいます。どんな料理がいただけるのか、またこのユニークな料理法に至った経緯についてお話を伺いました。
誰もが安心して満喫できる料理を作りたい
―――まずは料理人の道に進んだきっかけを教えてください。
佐藤夢之介さん(以下、佐藤さん):伯父が昔から日暮里で洋食レストランをやっているのですが、僕が小学生だったころ、父に連れられて当時住んでいた埼玉から日暮里まで野菜をトラックで運び、そのままレストランで遊んでいることが多かったんです。野菜運びを手伝うと500円もらえて、そのお小遣いでステーキを食べるという週末を過ごしていました。
そういう子供時代を過ごしていたせいか、15歳のころ始めたバイトの選択肢がおのずと料理人でした。ふぐ料理や会席料理、タイ料理、マクロビオティックなどさまざまなジャンルの店を経て、22歳のときイタリアンの「イルギオットーネ丸の内店」に入店したんです。
京野菜をイタリアンに初めて取り入れた話題の店で、洗い場をやりながら、ある日は肉を焼いたり、デザートをやったり、人手が足りないところにヘルプに入るような形で、いろんな場所をやらせていただき、イタリアンのベースを学びました。
―――その後、ロブションのパン部門である「ラ ブティック ドゥ ジョエル・ロブション」にも入店されていますね。
佐藤さん:僕自身、パンが好きなんです。独立する前にパンを学びたいという思いがあったので、そこで1年間パンやフランスの食材について学びました。今は天然酵母でつくるカンパーニュやフォカッチャ、スコーンなどテイクアウトできるように店頭販売もしています。
―――そして満を持して14年前に独立したわけですね。肉や卵、チーズ以外の乳製品を使わない、旬野菜を主役にしたイタリアンを提供されていますが、なぜこのようなスタイルにしようと思われたのですか?
佐藤さん:僕の奥さんが子どものころから動物が好きで、昔から肉や卵が食べられないというのが一番の理由です。奥さんと出会った当時はまだそういった店がなく、ハンバーガーを食べに行っても、肉と卵を抜いたものを同じ値段で出されるわけですよ。それってフェアじゃない気がしますよね。奥さんと出会い、世の中にそういう人がいるということを知りました。そういった店がないなら僕がやってやろうと思い、このスタイルに至ったわけです。
―――奥さまの存在が大きかったのですね。今でこそベジタリアン・ヴィーガン対応の店が増えましたが、20年前には対応できる店はなかなかありませんでしたし、まわりにそういう人がいなければ気づけないことだと思います。
佐藤さん:そうですね。僕は好き嫌いもなく何でも食べられますし、そういう人の気持ちが分からず生きてきたので、奥さんがいなかったらやってないですね。
またヴィーガン・ベジタリアンだけでなく、乳製品アレルギーをもっている子どもがいることも知らなかったんです。マクロビオティックの店で働いているとき、誕生日に豆腐で作ったケーキを食べた子がすごく感動している姿を目の当たりにしました。その子はそれまでローソクを差したおはぎのような和菓子を食べていたというんです。みんな誕生日にケーキを食べているのに自分だけが食べられないんだと思ってきた子どもがいるということが衝撃的でした。だったら食べられるようにしたいし、もっと言えば生クリームを使ったものよりおいしいケーキを作りたいと思ったんです。

佐藤さん:そこで肉や卵、牛乳などを使わず、同じ料理を多様な価値観の人が食べてみんなが満たされる店をやろうと独立に向けて意気込んでいた矢先、当時のお客さまに「あなたは本当においしい肉や魚を食べたことがあるの? 肉よりおいしいものをどうやって作るの?」と言われたんです。ハッとしましたね。当時僕は21歳か22歳で、考えたら最高級の肉なんて食べたことがなかったんです。
肉を使わなくてもおいしい料理を作ってやろうという理想はありましたが、超えるべきものを知ってから独立しなければと思いしらされましたね。そこでイタリアンが好きだったこともあり「日本で一番のイタリアンてどこですか?」と先輩に聞いて教えてもらったのがイルギオットーネ。その場で電話しました(笑)。
はしり、さかり、なごりで変化する料理の醍醐味
―――提供するイタリアンには主にどんな野菜を使われているのですか?
佐藤さん:この店を始めるときに、ご夫婦でオーガニック野菜を栽培している静岡の北山農園にお願いして定期的に届けてもらっています。この料理を作りたいからこの野菜を送ってほしいというリクエストではなく、基本的にはその日収穫した野菜からおすすめをお任せで送ってもらっているので、どんな野菜が届くかは分からないんです。

―――どんな食材が届くか分からず、即席でメニューを考えるのは大変ですね。
佐藤さん:大きなレストランの場合は一つの料理をチーム数名で作り上げるので、あらかじめメニューを決めて、レシピを作り、それに向けて食材を仕入れるのですが、僕の場合は全部一人でつくるのでフレキシブルに、どんな野菜が届くのかも楽しみながらやっています。
―――先日訪れた際、にんじんのフリットをいただいたのですが、食感がサクサクと軽く、野菜の甘味が際立って、お酒のつまみにおかわりしたいくらいでした。卵は使わないとのことですが、衣はどのように作っているのですか?
佐藤さん:卵水の代わりに炭酸水を使っています。そうすると衣の食感が軽くなるんです。衣は玄米粉と炭酸水、昆布だし、藻塩を加えてつくります。薄力粉を使うときもありますが、グルテンフリーの人には玄米粉やくず粉を使っています。
―――そうなのですね。衣が軽い分、にんじんの食感や甘味が際立ってとてもおいしかったです。
佐藤さん:その時のにんじんは細く柔らかかったので葉付きのまま丸ごとフリットにできたのですが、翌週送られてきた時は一回り大きくなって皮が厚く少し固くなっていたので、皮はむいて出汁に使ったり、葉っぱはちぎってかき揚げにしてパスタにトッピングしたりと調理法が変わっていくことが多いですね。同じ食材でも、はしり、さかり、なごりがあるので、野菜の状態をみて使い方や調理法を変えています。
―――肉や卵、牛乳を使わずにおいしい料理をつくるにあたり、苦労されたことはありますか?
佐藤さん:野菜だけでどう旨味をとるかというのが一番悩んだところでした。イタリアンではフレンチに比べて出汁はそれほどとらないのですが、トマトやきのこなどのグルタミン酸など食材の旨味を利用します。ソースやスープのベースは昆布やドライきのこを主体にして出汁をとっています。
野菜は葉っぱや皮まで丸ごと使いたい
―――オーガニック野菜を使っていますが、何か理由があるのでしょうか?
佐藤さん:皮も入っていた方が出汁の力が出るし、皮ごと使えばムダも出ず、皮ごと使うんだったら農薬を使っていない方がいい。そういう野菜との対話から行き着いたのがオーガニック野菜なんです。
それに皮まで全部揃って野菜だと思っているんですよね。例えば、人と付き合うのに「あなたのこういうところは好きだけどこういうところは嫌い」というよりも「あなたという人が好きです」という人と付き合いたい。だとしたら野菜も一緒で「中はおいしいけど皮は嫌い」より、全部生かした方がありがたみがあるし、失礼じゃない気がするんですよね。だから全部使うようにしている。全部使うんだったらオーガニックの方がいいですよね。
―――毎回変わる旬野菜を主役にした黒板メニューに目がくぎづけになります。佐藤さんにとっての旬野菜の魅力について教えてください。
佐藤さん:気候に適した時期に育つので、一番栄養価が高く状態や風味もいい。たくさん収穫されれば値段も安く購入できます。本来の時期に作れるということは、無駄なエネルギーを使わなくてすむということ。
例えば、寒いときに夏野菜を作ろうとすれば暖房など設備が必要でコストもかかるし環境にも負荷がかかります。その分価格に転嫁されて野菜の価格も上がってしまいます。旬のものを食べるというのは、自然の天候のまま作れるのでコストや負荷がかからず、消費者にとってお財布にやさしく、風味もよく栄養価も高い。
―――生産者にとっても消費者にとっても地球にとってもいいこと尽くしですね。私自身も極力、旬野菜を使いたいと思うのですが、どうやったら普段の家庭料理に旬野菜をうまく取り入れられますか?
佐藤さん:パスタメニューにペペロンチーノがあるのですが、今は春なので山うどのペペロンチーノを作っています。山うどの次はアスパラガスにしたり、そら豆にしたり、冬になったらカブなどに替えています。定番の野菜もいいですが、具材を旬野菜に変えてみるのも手軽でいいですよ。
―――山うどといった日本ならではの野菜を組み合わせるのも意外性があって面白いですね。ペペロンチーノで春を感じられそうです。また手軽にできるということも重要なポイントですね。よいアドバイスをいただき、ありがとうございました!
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1984年、東京都生まれ。東京・小石川にあるイタリアン「SIMPLE LITTLE CUCINA(シンプル・リトルクチーナ)」オーナーシェフ。小学生のころ、伯父が経営する東京・日暮里の洋食レストラン「オックス」でよく遊んで過ごしていたこともあり自ずと料理人の道に。ふぐ料理、会席料理、タイ料理、マクロビオティックの店で修業した後、2007年「イル ギオットーネ丸の内店」に入店し、笹島保弘シェフに師事。2010年にパン作りを学ぶために「ラ ブティック ドゥ ジョエル・ロブション」に入店。2011年独立し、東京・田端に「Little cucina Yume(リトルクチーナ ユメ)」をオープン。2016年に現在の地に移転。肉・卵・牛乳を使わない、旬の野菜を主役にした季節を感じられるイタリアンを提供。一番好きな野菜は山うど。 |
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敬食ライター。野菜ソムリエ。都内飲食店を中心にマルシェや農家、料理研究家などへインタビューし、記事を執筆。ときどき愛用のカメラで撮影も。野菜・果物を好んで食べない夫が喜ぶ、野菜がたっぷり摂れる料理を研究中。
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