伝統野菜をかわいい漬物に!
谷平絵美さんが瓶に込めたストーリーとは?
谷平絵美さんが瓶に込めたストーリーとは?
亀戸ダイコン、内藤トウガラシ、馬込三寸ニンジンといった江戸期から東京で伝統的に生産されてきた江戸東京野菜。その魅力を小瓶にぎゅっと詰め込んだ「東京ぴくるす」は、見た目も華やかでかわいらしく、東京のお漬物の新定番として注目されています。代表の谷平絵美さんに、その独創的なピクルスづくりと江戸東京野菜への情熱を聞きました。
背景にある物語と、種が繋いだ歴史をも味わう
―――以前、都内で開催されたマルシェを訪れ、なんておしゃれなピクルスなんだろう!と思わず立ち止まったブースが「東京ぴくるす」さんでした。よく見ると、使われているのが江戸東京野菜。希少でなかなか出合う機会がないのに、ここにはさまざまな種類の江戸東京野菜のピクルスが並んでいて驚きましたね。谷平さんがこの「東京ぴくるす」を立ち上げた経緯を教えていただけますか?
谷平絵美さん(以下、谷平さん):私は2011年まで福祉施設の職員をしていて、障がいを持つ人たちとお菓子や小物を作り、たびたび販売会に出店していました。ある日、その販売会で江戸東京野菜の練馬ダイコンと出合ったのが始まりです。画一的な大根とは異なり、長さが1メートルもあり、ひょろっと細長いその見た目に衝撃をうけ、即購入しました。
私は埼玉県新座市で生まれ育ち、長らく西東京市に住んできました。でも、東京にこういった伝統野菜があると知ったのは、実はその時が初めてなんです。
―――練馬ダイコンや谷中ショウガ、寺島ナス、千住ネギ、東京ウドなどは比較的有名ですが、地元東京都民であっても初めて耳にする伝統野菜がたくさんありますね。
谷平さん:江戸東京野菜について調べたところ、今では52種類が登録されていますが、私が練馬ダイコンと出合った2010年当時は22種類ほど。でも当時は、そんなにあるんだと驚きました。
―――江戸東京野菜のどんなところに魅力を感じたのですか?
谷平さん:調べていくと、一つひとつの野菜に背景があり、これはおもしろいと思ったんです。
例えば、ごせき晩生小松菜ともいわれる伝統小松菜があるのですが、これは現在の東京都江戸川区の西部にあった小松川村で栽培されていた名もなき青菜でした。八代将軍・徳川吉宗が鷹狩りに出かけ、休息した際に食べて気に入り、その地名から名づけられたと言われています。
また、谷中ショウガは収穫がちょうどお盆の時期で、昔、谷中のお坊さんなどがお中元として贈ったことから「盆ショウガ」として知られるようになり、夏の暑さを乗りきるため江戸っ子たちも食べていたのだそうです。
―――確かに背景にある物語も興味深いですね。昔からその地域の食文化に欠かせない野菜だったことがうかがい知れます。
谷平さん:そして種もまた大きな魅力を感じる部分です。今では安定供給・大量生産に向いている交配種が主流ですが、昭和40年代頃までは野菜の種を自家採取し、代々その種から繰り返し野菜を作ってきたという歴史があります。
時代が変わっても毎年毎年種を取り、ずっと繋いできたからこそ、江戸時代の人たちも食べたであろう野菜の味を、今私たちも食すことができるわけですね。そんなことに思いを馳せると、さらにおいしさに繋がっていくと思うんです。
―――まさに江戸時代の食卓にタイムトリップですね。そんな風に思えば、より味わい深くなります。
贈り物にも!焼き菓子のようにかわいい漬物
―――谷平さんは、江戸東京野菜をなぜピクルスにして商品化しようと思ったのですか?
谷平さん:当時の私が江戸東京野菜に出合って興味深くなったように、もっとたくさんの人にまずは知ってもらいたいと思ったんです。知ってもらえる機会を増やすために、この江戸東京野菜で何かできたらと考えたのが「東京ぴくるす」です。
私自身、漬物が好きで、旅行した際にもよくお土産に買って帰るほど。長野なら野沢菜漬け、奈良は奈良漬け、秋田はいぶりがっこなど、ご当地のお漬物がいろいろありますよね。東京といえば江戸東京野菜の漬物があってもいいんじゃないかと。それに生野菜に比べて加工品は長く楽しめますし、漬物なら商品化できると思いました。
谷平さん:でも、漬物っておいしいけれど、見た目がかわいいパッケージのものは見たことがないなと思ったんです。焼き菓子のようにかわいい漬物があったっていい。そして、何か一つちょっと変わった食材を合わせて、食べた瞬間、いいギャップが感じられるような組み合わせの妙も一緒に楽しんでいただけるように考えました。
―――確かに漬物は滋味目なイメージがありますが、例えば、伝統小松菜と菊花を組み合わせたピクルスは、菊花が瓶の中で咲いているようで見た目も華やか。まずは手に取り、伝統小松菜って江戸東京野菜なのね?と後から気づいて知る人も多いと思います。
谷平さん:ぜひたくさんの方に手に取っていただいて、江戸東京野菜を知っていただく機会になればと思っています。
農家さんとの繋がりを大切にする思いも詰まっている
―――仕入れにあたり、生産者さんとはどのように繋がったのですか?
谷平さん:まずはどこで買えるのか検索して、一軒の農家さんを見つけました。その方に突然電話をして直談判(笑)。そのあと直接畑にお伺いしたのがきっかけです。こういうことをやりたいという思いを伝えたところ、農家さんは横の繋がりがあるので、少しずつ紹介していただき、取り扱う野菜の種類が増えていきました。今は10種類ほど扱っています。
―――ご縁で繋がっているのですね。畑に通われて直接野菜を仕入れているのですか?
谷平さん:そうです。基本的には、旬になったら農家さんに直接お会いして畑を見せていただきながら今年の様子などお話しし、お野菜を受け取るということもこだわりにしています。遠方の農家さんには、毎回それができないので送っていただきますが、試作ができるたびに足を運ぶようにしています。
―――農家さんとの繋がりを大切にする思いも、一つひとつの小瓶にぎゅっと詰まっているのですね。
魅力が引き出された伝統野菜とモダンな組み合わせが新しい
―――江戸東京野菜は一般的に流通している野菜と比べて味わいに違いや特徴がありますか?
谷平さん:簡単に言うと、江戸東京野菜は味が濃くて、苦み、えぐみが強いのが特徴。やってみて分かりましたが、漬物に向いているんです。漬け液に漬け込んでも野菜そのものの味が生きてくる。えぐみが強い方が、漬け込みには向いている気がしますね。
―――確かに、漬け液の味に染まってしまう野菜も多いなか、滝野川ゴボウや伝統小松菜の味は漬け液にも負けず、野菜自体の味が前面に出てきます。食感もしっかり残っているのがよいですね。ほかにはどんな種類があるのか教えていただけますか?
谷平さん:例えば、早稲田ミョウガダケを使用し、無花果を合わせスイートピクルスがこの3月に登場します。その名の通り、東京都新宿区の早稲田大学のあたりでかつて栽培されていたのですが、今では生産されている農家さんは1軒だけ。とても貴重といえますね。
よく食すミョウガは花のつぼみの部分で、ミョウガダケは若い茎の部分。日に当てずに栽培するため白く軟化し、セロリのようにシャキシャキとした食感が特徴です。そして味は、ミョウガをとってもマイルドにした味わい。ミョウガが苦手な方にもおすすめですよ。
谷平さん:それから、東京都江東区亀戸周辺で栽培される亀戸ダイコン。長さは約20センチ、直径は約3~4センチで一般的な大根と比べて小ぶり。辛味が強いのも特徴です。この亀戸ダイコンをスライスし、桜の花・桜葉を合わせた甘酢漬けベースの漬物は、瓶の中に花びらが舞っているようでギフトにも人気ですね。
―――ぜひ、食べてみたいです!でも、なかなか入手できない野菜ばかりなので、ここは「東京ぴくるす」さんのオンラインサイトで手軽にお取り寄せしたいですね。
最後に、今後の展望をお聞かせください。
谷平さん:現在10種類の江戸東京野菜を使用しているのですが、今後はもう少し種類を増やし、販路も広げていきたいと考えています。
最初は江戸東京野菜を応援したいと思って始めた事業ですが、いざ始めてみると、逆に農家さんから応援していただいている自分がいるんです。農家さんもほかのさまざまな野菜の栽培をするなかで、畝の1列を「東京ぴくるす」のために育ててくださっている。こうした農家さんとの繋がりも今後も大切にしながら、自分の目の届く範囲で丁寧に活動を続けていきたいと思っています。
「東京ぴくるす」代表 谷平絵美(たにひら・えみ)さんプロフィール 1980年埼玉県新座市生まれ。福祉施設の職員時代に江戸東京野菜と出合い、その背景にある物語や魅力にハマる。妊娠出産を経て退職し、子育てをしながら2012年に「東京ぴくるす」を設立。販売は練馬区西大泉にある実店舗「駄菓子と江戸東京野菜 日日堂」とオンラインショップをはじめ、マルシェ、卸売店など。一番好きな野菜はダイコン。決めては、江戸東京野菜にもダイコンの種類がたくさんあり、それぞれサイズや形、味わいが異なり、料理によって使い分けができるところ。そして千切りのサラダなど生でも食べられ、煮たり焼いたり調理のバリエーションも豊富で、どんな味にしてもおいしいところ。 |
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敬食ライター。フードアナリスト。都内飲食店を中心にマルシェ、農家、ブルワー、コーヒークリエイター、料理研究家など幅広く取材。好きな場所は道の駅とアンテナショップ。出身地の青森県七戸町(旧天間林村)は“にんにく”の名産地で、シーズンになると放課後は裏の畑で収穫や出荷のためのネット詰めを手伝っていたことも。おやつは自家製黒にんにく。
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